外部評価報告書
4. 研究活動
(2)グループ別評価
 金属物性論研究部門(前川禎通教授)

 強相関電子系の理論的研究,とくに数値的研究の世界的な指導者の一人。とりわけ,銅酸化物高温超伝導の臨界温度が面内酸素と頂点酸素のマーデルングエネルギーの差と強く相関する事実の発見,及び,一次元電子系におけるスピン・電荷分離に関する実験的検証の際の理論的解析,マンガン酸化物のもつ多彩な状態の背後にある軌道状態の役割の究明等は顕著である。この研究は各国の研究者に強い刺激を与え,同様の研究があちこちで行なわれる様になった。銅酸化物のモット絶縁体の電子構造,特にギャップの分散の最近の計算結果は同時に米国で初めて行なわれたX線非弾性散乱の結果をよく説明し,画期的な業績になっている。世界の他のグループの後追いでなく自前の発想で新しい分野を世界に先駆けて開拓してきた実績は高く評価される。これからも物性理論における金研の看板であり続けるであろう。わが国におけるこの分野の研究者集団の中心である特定領域研究「遷移金属酸化物における新しい量子現象―スピン・電荷・軌道結合系」の代表として,「強相関電子系」研究を指導すると同時に,スタンフォード大学との共同研究を推進する等国際的な活躍も注目に値する。しかし,この研究グループに課せられるより重要なテーマは,「強相関電子系の次にくるもの」への洞察と準備であろう。それは次の時代のリーダーシップに深くかかわるものである。

 結晶物理学研究部門(中嶋一雄教授)

 結晶物理学研究部門では,次世代の新しい物性や機能をもつ結晶を創製できる結晶育成技術を開発することを目標にユニークであるが地道な研究活動を行っている。基礎的には結晶成長のメカニズムを詳細に解明し,その理論に基づいて新しい結晶成育法を開発しようというもので,組成制御しながらSiGeバルクなどの多元系結晶を成長させることに成功している。また歪み量を精密に制御してエピタキシャル成長させることにも応用でき,SiGe基盤結晶上に良質のGaAsのエピタキシャル成長させることに成功している。このような基礎的技術は特定の機能をもつ効率のよい材料の開発に有用であるが,また不均一な組成をもつ結晶を意図的に作成して,広領域のエネルギーを吸収できる効率のよい太陽電池材料の開発にもつながり次世代の技術に大きく貢献できると思われる。さらに結晶基盤上のタンパク質のエピタキシャル成長に関する研究を進めている。この研究は次世代の新材料を開発できる重要な技術に発展する可能性があり,詳細な結晶成長メカニズムの理論を組み合わせることにより,企業出身の研究者でもあり,世界をリードできる新技術を構築していくことが期待される。なお,本研究室が以前から行っているタンパク質結晶成長の問題も重要で興味あるテーマであり,さらなる努力を望みたい。

 磁気物理学研究部門(本河光博教授)

 本河研は強磁場を効果的に使って数年にわたり独創的な研究を続けてきた。また多くの共同研究を通じて幅広い研究を行なってきた。例えばスピン-パイエルス系の数々の物質の ESR による多くの研究は出色である。ESR は強磁場中の多層膜の研究にも効果的に使われている。また強相関電子系物質のサイクロトロン共鳴の研究でサイクロトロン質量と静質量が違うことを実験的に証明したことも評価される。銀等の結晶成長に与える強磁場の影響の研究も面白いし,共同研究の磁場中の中性子回折実験も独創的である。その他にも強磁場を効果的に使った水の磁気浮揚や,磁気浮揚した水や蛋白質の凝固,また磁気浮揚したガラスの溶解などアイデアに富んだ仕事を続けてきた。強磁場下での化学反応や結晶成長等の新しい試み挑戦するスタイルは,本河教授が指導力を発揮している強磁場超伝導材料研究センターのこれからの活動パターンの基本でもあると積極的な評価をしたい。

 回折結晶学研究部門(櫻井利夫教授)

 この研究部門では担当教授の個性溢れる研究活動が展開されている。例えば,国内外の研究者との共同研究や研究者受け入れを通しての積極的な研究交流,任期制を先取りした研究スタッフの入れ替えなどが挙げられるが,これらは金属材料研究所の利点を最大限に活用したものと考えられ,この研究部門の研究活動と運営を活性化させる基礎になっていると思われる。研究内容は,アトムプローブFIMやMBEと組み合わせたSTM,原子線散乱による構造解析などの表面解析技術を次々と独自のアイディアで開発・改良し,それを種々の先端材料の解析に応用している。その技術は世界的に極めて高いレベルにあり,優れた研究成果が得られていることは良く知られている。特別推進研究に採用されるなど研究費の獲得状況も良好で,その成果も学会やシンポジウムなどで積極的に発表している。また多くの優秀な若手研究者を育て輩出し,研究スタッフも常時充実していると思われるが,博士前期課程レベルの若手研究者の教育にも努力していただきたい。

 低温物理学研究部門(小林典男教授)

 小林研は最近では超伝導体磁束(渦糸)の研究で広く知られている。丁寧な試料作成に基いた深い研究は一流である。特に磁束の挙動は不純物や欠陥に強く左右されるので高度の試料を使ってその挙動を確立した功績は大きい。最近の渦糸相相転移に関する研究は世界の先端にある。この問題の重要性から考えてもこの研究は暫く続ける価値がある。また強磁場を使った強相関電子系の磁気相図の研究は評価される。20年ほど前に2次元電荷密度波の研究で世界を驚かせた実績もあり,優れた研究グループである。しかしながら,敢えて言えば研究の発想がどちらかというと現存の問題に捕われすぎるきらいがあり,研究が全く新しい現象の発見に繋がる可能性が低いのが問題と言えるかも知れない。この際,既存の問題を深く掘り下げるという姿勢から脱却して,より広い視点からテーマを特定するという作業を試みるのも有益であろう。

 低温電子物性学研究部門(深瀬哲郎教授)

 超音波を用いた低温電子物性の研究で実績がある。A‐15型超伝導体の研究等でよく知られている。それを生かした磁気音響効果や,最近ではNMRにより,銅酸化物高温超伝導や有機超伝導体における超伝導と反強磁性に関する研究を展開してきたが,あと1年で定年を迎えるため,研究を総括しつつある。

 放射線金属物理学研究部門(山口泰男教授)

 この研究部門では,金属及び金属化合物,特に希土類や鉄属遷移金属元素の磁気的相互作用や磁気異方性に加えて四重極子相互作用の研究が行われている。単結晶,多結晶体の試料づくり,磁性,比熱,X線回折,中性子線回折,メスバウアー分光などにより物性測定や磁気的相互作用,そして局所物性の研究がなされている。特に,高能率高分解能中性子回折装置を建設し,それを利用して磁気的相互作用の研究を行い,また多くの共同研究を行って成果を得ている。希土類イオンのメスバウアー分光の研究もこの研究グループの特色の一つと言える。また希土類ホウ炭化物 RB2C2 を電気四極子相互作用のモデル物質として反強四極子について詳細な研究を行っている。この研究はユニークであり,物性の基礎研究としては大変興味深い研究と言えるが,現状ではやや視野のせまい感もあり,新しい材料機能に結び付けられる展望をもって研究を発展させる必要があるのではないかと思われる。

 先端物性学研究部(遠藤康夫教授)

 この研究部門では,物性物理の基礎研究において世界的に極めてレベルの高い研究活動が行われている。科学技術振興事業団の大型プロジェクト「新しい量子自由度・軌道の動的構造の解明」を担当し,放射光施設Spring 8において,新しい放射光X線散乱分光装置を設計・建設し,強相関電子系の電子状態を直接観測する研究が開始され,金属酸化物を対象として重要な研究成果が得られはじめている。また理論グループとの連携で新しい物性研究の手法を確立することが期待される。さらに中性子散乱実験で,酸化物超伝導体においてスピンストライブの直接観測に成功している。これらの研究は世界的に注目を集めているもので,国内外に著名なこの部門の担当研究者の資質の高さの表れと思われる。ただこの部門を担当してまだ日が浅く,かつ停年まであまり年月も残されていない。この環境の中で何が生まれ,何が残るかに注目したい。

 結晶欠陥物性学研究部門(末澤正志教授)

 結晶欠陥物性学研究部門では,特にシリコン中の点欠陥に焦点を合わせた研究が行われている。シリコン中の熱平衡原子空孔の形成エネルギーを求めるのに,原子空孔と水素の結合エネルギーが大きいことに着目して,水素雰囲気中で急冷する方法を開発して,点欠陥形成エネルギーに関する研究成果を得ている。また水素をドープしたシリコンを電子線照射することにより,フレンケルペアーと格子間原子とを区別して観測することに成功している。シリコンを中心とした半導体や点欠陥の研究は,古くから多くの研究がなされ,詳細には不明な点も多いかも知れないが,新しい材料機能を開発していくには,福田,中嶋,長谷川研などとの所内共同研究を含め,研究の思いきった発展や方向転換も必要ではないかと思われる。

 高純度金属材料学研究部門(井上明久教授(兼))

 当研究室では,金属・合金を高純度化することによって,金属本来の性質の発現を,長年にわたって追求している。これら一連の研究によって,高純度金属の物性が不純物を含む市販材料とは非常に異なると言う特記すべき現象を見出した。 特に,超高真空を用いた高度な組成制御技術によって,σ脆化の生じない鉄―高クロム合金を開発した点は高純度材料の実用化の可能性を示したもので意義が高い。今後,高特性の実現という観点に加えて,環境や資源という視点をも含めて,応用対象を広く考慮すれば,今後の大きな展開が期待されるであろう。
 しかしながら,当部門には以下の点で問題がある。目下のところ,研究の中心は高純度材料のごく一部の特性探求にのみ力点が置かれており,理論的追求や総合的物性測定,材料としての機能性評価などが行われていない。また発表論文数が少なすぎる。さらに最近,科研費の交付を受けていない点も問題である。この本研究のより大きな発展のためには,物性発現に関する基礎研究の遂行,及びそれらに基づく研究者相互の意見交換,論議が大切である。早急な対応が望まれる。
 だが見方をかえれば,このような研究こそ金研の長い伝統の下でのみ実現し得る貴重な成果でもある。安彦助教授の執念も並ではないが,これを許容して来た金研の器量こそ貴重である。これをどうするか,全所的問題としてお考えいただきたい。

 合金設計制御工学研究部門(川添良幸教授)

 川添研は計算機による物質設計という未来的使命を中心とした研究室であるが,同時に高速計算機の運用と所内のデータ処理という支援機関としての性格も持っている。その為外国人を含め多くの研究員をかかえ,多岐の方面にわたり多数の論文を発表している。テーマの中には言語分析から物理,科学,そして脳神経のシミュレーションまで非常に幅広い分野が含まれ,一研究室の領域とはとても思えない。そのエネルギーと実行力には敬服するばかりである。しかし,この様に幅広い研究を十分な深さで行うのは不可能で,そのためにくる無理が多少出てきている様である。
  例えば,計算機による物質設計はどの国でも非常に注目されている人気の高いテーマで数多くのグループが凌ぎを削っている。その意味で金研がこの分野に進出するのは当然である。しかしこの分野は未だ未熟で方法論が確立していない。それだけに魅力的な分野であるが,川添研で行われている研究は手法がむしろ通常的である。これは上述の多忙さにもよるのであろうが,ここで将来の方向には2つの道があるだろう。一つは研究テーマをしぼり込んで特化し,独創性を高めて世界の指導的専門家となること,もう一つはより一般化して計算機・データ処理インテリジェントサービス部門に進む道である。
 ところで,全国共同利用研究所である金研の計算機の利用が殆ど,当研究室のメンバー に限られ,課題公募が行われていないように見える(実情を十分把握していないので不確かであるが)のは,大きな問題であろう。これは,金研全体の方針なのであろうか?
 ちなみに,物性研究所・分子科学研究所の大型計算機の利用については課題が公募されている。

 材料照射工学研究部門(長谷川雅幸教授)

 原子力関連の金属,セラミックス,半導体の原子炉中性子や粒子線照射効果及びその原因となる照射欠陥の形成,電子構造などを解明する目的で,陽電子消滅,電子顕微鏡,電子スピン共鳴,光吸収等の実験,スーパーコンピューターによる第一原理計算を行っている。さらに,これらの応用として,高速中性子照射を利用した高延性の核融合炉用高融点金属材料の開発を行っている。これらの研究から,超微細Cu析出物を利用した原子炉圧力容器材の改良,共有結合結晶中の魔法数空孔クラスターの検出,Si中の複格子の電子運動量分布の解明など,国際的に認められる成果を出した。
 これら個々の研究テーマについては,それぞれ良く研究されているが,その多くは他所でもしばしば見られる極めて一般的なテーマであり,中には所内の他分野と類似のテーマもある。上記テーマの他に,次世代を切り開く独創的でリーダーシップのとれる研究テーマを構築すべきである。力量のある研究者なので発展を期待したい。
 研究手法で少し気になるのは理論的完全性を意識するあまり,予想外の新発見をするチャンスが遠くなっているのではないかという事である。素朴で強力な問題提起を期待する。

 原子力材料物性学研究部門(松井秀樹教授(兼))

 本部門は兼担の松井教授の他に助手が一名いるだけであり,前任の山口貞衛教授時代からの,加速器からの高エネルギーイオンビームや中性子ビームの照射によるエネルギー関連材料の水素挙動に関する研究を行っている。高融点金属中の水素同位体の拡散係数の測定,誘電体プロトン伝導性酸化物の伝導機構の解明,照射による薄膜の改質やクラスター析出などの成果をあげてきた。
 しかし,原子力関連材料の基礎的研究(物性学部門)と材料開発(工学部門)が別々の部門で行われなければならない必然性は無いと思われる。両者は車の両輪であり,融合が図られるべきではないかと考える。

 原子力材料工学研究部門(松井秀樹教授)

 現在,教授1,助教授1,講師1,助手2の構成である。研究の主体は核融合炉を初めとする原子力エネルギーシステム用の材料開発及びそのための基礎研究に向けられている。具体的な成果は以下のようである。核融合炉構造材料として有望なバナジウム合金の照射損傷を調べ,スエリングや脆化を起こしにくい合金の開発を試みている。体心立方金属のスエリング機構を調べ,寸法因子効果の重要性を指摘している。非定常条件下での照射効果を調べ,温度変動効果を明らかにした。また,軽水炉圧力容器鋼の照射効果を調査する方法として,微小試験片による力学特性評価法の開発を試みている。これらの研究は主として核融合炉用構造材料の低放射化,あるいはその安全性の確保を最終目的とする研究であり,その成果は論文として発表されつつあるが,その数は決して多いとは言いがたい。 また研究構想と切口にもっと鋭角さが欲しい。
 今後の科学技術に課せられた大問題の一つは,エネルギー開発の問題であるが,その問題解決の最優先位置にあると考えられている原子カエネルギーは,核廃棄物処理や原子力開発に対する忌避的ムードから,長期的な抜本的見通しに欠けていると言わざるを得ない。若者の興味も失われつつある。このような状況を打破するには,地道な研究に基づく核融合関連構造材料の画期的進歩など,新しい元気の出る研究の発展以外にあり得ないであろう。研究者のこのような努力と共に,政策担当者をはじめとして,国の研究機関の指導者に同様の認識が必要で,それが無い限り,地道な原子力材料研究は衰退してしまうであろう。

 電子材料物性学研究部門(八百隆文教授)

 八百研の目的は光デバイス材料の開発,特に薄膜の光学的非線形材料の研究である。 金研ではこの分野は比較的新しく,金研が総合的材料研究所 (IMR) になったのに伴って従来の金属学研究からの脱皮を図った人選となっている。例えばポスト GaN をねらった酸化物半導体 ZnO の研究や緑色レーザーの開発研究など,かなり独創的な研究が行われており,個々の分野では世界的レベルに達していて研究の質は高い。酸化物半導体の研究では世界に先駆けてヘテロ量子構造の作製や励起子の実証等を行っている。また緑色レーザーの開発研究ではレーザー発振にもう一息というところまでこぎ付けており,もしこれに成功すれば非常に大きな業績になるであろう。この分野は情報産業の要に密着しているので,この研究室の重要性はますます高まるであろう。金研としてこの分野に進出する意図は十分に理解できる。しかし,この研究室はデバイス指向が強く,他のグループとかなり違うので,孤立しているように見え,他の研究室との関連交流があまりないようである。戦略的には兵力の分散になっている様に見受けられる。本当に非線形光材料の研究に努力するならば,3講座位を投入しないと本当の国際的競争力にならない。しかしそれは他の研究所との重複の問題を呼びおこすのが難しい所である。

 ランダム構造物質学研究部門(松原英一郎教授)

 1年ほど前に着任したとのことで,現在,自分の研究室を立ち上げ中である。研究費は1億円規模のものを持っており,むしろ研究員の確保が必要とのことである。研究対象は,多方面にわたっていて,溶液化学(グリーンケミストリーを目指す),過冷却金属融体の相変化(井上研との共同研究),多成分系非晶質の相変化,フラーレンの利用,蛍光X線ホログラフィー用X線集光素子の開発(松下との共同研究),蛍光X線ホログラフィーの研究等。これを見ると,基礎研究から応用研究と幅広く手を広げているように見受けられる。これは,また,松原教授の能力の高さを示していると思われるが,器用貧乏に終わらないように真に重要なテーマについて良い成果を出すことも重要ではないかと思われる。今後の活躍が期待される。

 超高圧化学研究部門(福田承生教授(兼))

 この部門は前任の庄野教授の退官後,兼任教授の交代が続いており独立の研究部門としての活動はかなり制限された状況にあるように思われる。研究は超高圧,超伝導,超微粒子の3つのキーワードを中心に行われている。
 超高圧に関しては,衝撃銃法による動的高圧やプレス法,DAC法による静的高圧を発生させて極限的条件における合成や相転移,物性研究が行われている。特に衝撃圧縮法を用いた実験で,MO型酸化物(MnO, CoO)において100GPa領域でおこる絶縁体ー金属転移の発見やぺロブスカイト関連物質の高圧合成などの興味深い研究が進められている。また酸化物以外でもM3Si型化合物(M=V, Nb, Ta)やカルコゲナイド化合物の系統的な研究によりこの化合物に一般的な状態図を作成し提案している。また酸化物超伝導体に関連する研究や高周波誘導プラズマを用いた酸化物超微粒子の作成などの研究が行われている。
 超高圧研究に関しては,特色のある実験技術の開発とそれを用いた研究で注目すべき成果を挙げており,世界的にもレベルの高い研究と評価できる。しかしこのような優れた伝統的手法を継続しながらも,将来の超高圧研究への新しいさらなる展開を要求したい。そのためにはこの部門の将来計画の検討と専任教授の選考をできるだけ早急に行うことが望まれる。金研としてリーダーシップの取れるテーマと考えられるからである。

 非平衡物質工学研究部門(井上明久教授)

 井上教授については,既に金属ガラス分野での世界的に見ても第一人者であり,所長就任後も活発に研究活動が進められている。大変だとは思うが,所長職と研究者の両立を行い,今後も金属ガラス分野を引っ張っていただきたい。新しい金属系の実用材料の新しい大きな可能性を持っているものの1つは,金属ガラス及び関連するナノ結晶物質ではないかと思われる。従って,研究所内で3研究室程度がグループを作って,この分野の研究を推進するのも1つのやり方ではないかと思われる(物質創出・物性評価G,構造解析・相変態解析G,計算科学G等)。増本氏らのアモルファス研究の後に来る中核的主題であることは明らかである。おくれることなく有効適切な対応で活気ある次世代集団を創出することが重要である。

 磁性材料学研究部門(高梨弘毅教授)

 昨年教授に就任して,現在,自分の研究室を立ち上げ中である。前任の藤森研究室の助教授からの昇任であり,研究の連続性は保たれているように思われる(人員構成には少し問題があるようだが)。研究分野は,今,磁性分野では研究が1番盛んであるスピン依存現象の研究と人工格子の研究が主である。どちらも世界的に競争が激しい分野であると思われる。従って,その中で業績を上げるには,かなりの独創性と実験テクニックが必要であろう。若手であり,才気のある教授なので今後に期待したい。この分野では,基板表面の清浄度や平滑度,チャンバーからのコンタミの排除等が,生成する膜の特性を支配する可能性が大きいので,実験室の環境(クリーンルーム化)の整備が必要かもしれない。また,特許性のある成果も出て来るのではないかと思われるので,成果の特許化についても留意して欲しい。

 結晶材料化学研究部門(福田承生教授)

 結晶材料化学研究部門では,新しい単結晶材料の探索とその単結晶作成及び評価といった材料科学の基礎的に重要な研究を行っている。その技術を用いて新しい酸化物,フッ化物,チッ化物など光学,電子材料の単結晶作成を行い,またその実用化に向けて研究を発展させている。福田教授の着任後,人事交流をすすめ研究体制の充実をはかり,それと同時に単結晶の基礎研究から出発し,実用単結晶材料の作成そしてその応用といった,種まき−出芽−育成−収穫という一連の展望のもとで精力的に研究を進め,この分野において世界的にも極めて高い評価を受けている。このような研究を進めるにあたって,通産省NEDOや日本学術振興会などの大型プロジェクトを獲得し顕著な成果を挙げている。また人事交流や共同研究,成果成果報告なども積極的であり,計画性や国際性に関しても高く評価される。福田教授の停年はあと1年余りだが,結晶化学の重要性は継承,発展させるべきものであろう。

 特殊耐熱材料学研究部門(平井敏雄教授)

 セラミックス,及びセラミックス基複合材料の合成や解折の分野で既に多くの業績があり,特にコメントをする必要は無いと考える。2001年3月,定年を迎えられるとのことで,後任の研究室について心配されていること,定年前(2年間)には人が取れないのは不便である,の2点について今後の改善を希望されている。後任の研究室については,研究所全体の戦略に従って決めると予想されるので,特にコメントはしない。教授が定年する前の2年間の研究室運営については,任期制の研究員(ポストドク)等の重点的な採用で解決できる面もあるのではないかと思われる。

 溶解凝固制御工学研究部門(後藤 孝教授)

 機能性材料の開発を主目的として,2年ほど前に研究室を構え,現在は研究室の立ち上げ途上と思われる。これまでの業績を見ると特色ある研究をされてきたようである。今後進めたい分野の1つとして,CVDの体系化を行いたい希望をもっておられる。CVD技術は,半導体分野や材料の表面改質分野,新物質の創出等に利用でき,大変重要な技術分野と考えるので,ぜひ強力に進めることを推奨する。また,反応機構が複雑な場合が多く,熱流体解析等が必要ではあると思われるので,計算科学技術の利用が必要であろう。反応炉の設計や製造に利用できるシステムの開発が出来ると,産業に与えるそのインパクトは大きいと予想される。広く外部の動向に留意するとともに,1研究室で小さくまとまるのではなく,研究所内及び外部機関との共同研究等を行うのも有効であろう。

 加工プロセス工学研究部門(花田修治教授)

 当部門は,教授1,助教授1,助手3で構成されており,材料の加工プロセッシング中に生じる材料内部組織変化を定量的に調べ,組織と特性の関係を体系化し,新しい加工プロセスの開発と新材料の創製を目指している。成果は質,量ともに高水準の成果をあげている。たとえば,超高温材料の研究では 1500℃ の高温で500MPaの世界最強を有するMo-ZrC複合材料の開発に成功し,機能性生体材料としては人体に無毒性の形状記憶合金Ti-Nb-Snを世界に先駆けて開発した,など多くの成果をあげている。 
 当研究室の「金属間化合物の特性を発揮させる組織制御法の確立」という研究方針は適切であると考えられる。また,材料開発にのみ走ることなく,組織と特性の関係を体系化するなど基礎的視点にも力を注いでいる。さらに,新材料の創製と特性の飛躍的向上だけでなく,環境保全や資源の有効利用という広い視野に立って研究が行われている点は大いに評価される。発表論分数,交付科研費,共同研究数など,いずれも優れている。今後,益々の成果が期待される。
 この研究は,金研の円熟した一講座がなし得る典型的な成功例であろう。しかし逆に言えば,もう少し横に拡がった協力グループがあってこそ,更に社会的に貢献出来るプロセス工学らしい,そして金研らしい成果が期待できるように思われる。総論に述べた集中的戦略の一つの対象となりうる研究である

 放射線金属化学研究部門(塩川佳伸教授)

 この部門は,教授1,兼任の助教授1,助手3の陣容であるが,5f電子の特異な性質に着目したアクチノイド化合物の物質探求とその基礎物性を研究資源や安全上の制約のもとで,地道に努力している。その内容は,高濃度スピングラス現象,水溶液電位窓外部を利用した金属調整と群分離,アクチナイド・レドックスフロー電池の研究に大別されるが,いずれも活発に研究が行われつつあるが,顕著な成果は今後を待たなければならないであろう。これらの研究は,基礎物理化学ならびに将来の工学的応用の基礎を探索する研究として重要であることは明らかである。アクチノイドの研究において,希少価値をもったグループであると考えられ,今後の発展が期待される。
 この研究は原子力材料科学の中核にくるものの一つだが,大学では金研でしか出来ない点で重大である。研究の性質上,研究条件の急速な拡大は望めない。したがって原研,あるいはサイクル機構等との本格的な共同研究も視野に入れるべきではなかろうか。しかし軸足は金研に置くべきである。金研がこの分野を失うことは大きな損失であると思われるからである。

 不定比化合物物性学研究部門(平賀賢二教授)

 X線回折法,及び高精度の高分解能電子顕微鏡法を用いた物質構造解析分野で,この研究グループは極めてすぐれた成果を上げて来た。特に準結晶の2次元準周期配列の決定や,正20面体準結晶及びその周辺結晶相の新しい構造群の発見,特に約500個の原子を含む巨大原子クラスターの発見など,国際的にも第一級の成果をあげている。金研における小川,平林の伝統を更に発展させたものとして高く評価される。21世紀の金研にとってもオーソドックスな物質構造解析は欠かせぬ手法であり,伝統の継承が望まれる。

 分析科学研究部門(我妻和明教授)

 本研究部門が,工業的に重要な分析技術の開発に先導的な研究成果をあげてきたことはよく知られており,大いに評価される。同分野においては,現在,オンライン分析に適用できる固体試料分析法及び分析方法と分析値保証に関する国際標準化に力を注いでいるが,これらについても幾つかの賞を受けるなど,成果をあげている。発表論分数も多く,活発な活動を展開していると言ってよい。
 現在,このような材料分析の開発研究と実際分析応用を一貫して展開可能なのは,わが国では,製鉄会社をも含めて,金研のみである。特に,定量分析技術の習得には基礎学力の習得のみならず,高度な訓練を必要とするが,すでにわが国においては技術的伝承が行われておらず,金研においてのみ可能な状態である。材料研究における分析・評価技術の重要性は論を持たない。こうした技術の本格的な研究部門が存在することは,材料研究の健全な根幹を護る点で,さらには国際間の品質保証の点で極めて重要であると考える。金研のみならず,国家として,その存続を真剣に考えなければならない問題である。ただし,この分野が金研に置かれるべきか,米国のNISTの如く政府機関に置かれるべきかは今後十分考慮すべきであろう。


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