外部評価報告書
2 研究所の目的,理念

 金研は大正5年(1916年),本多光太郎博士によって創設された我が国で最も古い伝統を持った大学付置研究所である。平成3年に創立75周年を迎えた金研の記念出版物に当時の増本健所長はその歴史を3期に分けて区分している。第1期は本多時代の第二次大戦までの25年でKS磁石に象徴される黎明期,第2期は戦後の25年間で復興,整備期,そして昭和41年(1966年)頃からの25年が重大な転換期であったという。曲がり角に来たという危機意識から,金研の研究分野を「金属にとどまらず,化合物,半導体,セラミックスなど広い観点から新しい物質の創製と新材料の開発をめざす」という方向に軌道の修正がなされた。そして昭和62年(1987年)に全国共同利用機関への改組が行われた。この第3期の決意と行動力が生んだ最大の成果が,増本教授(当時)等のアモルファス金属の創製となって大きく実を結んだといえるであろう。

 では第4期とも言うべき現在はどうか,東北大学金属材料研究所の活動(1997年度‐1999年度版)(以下「活動報告書」と呼ぶ)を見ると,第1部 本研究所の概要 に研究理念として次のように書かれている。

 本所の設置目的は,1987年の全国大学共同利用研究所としての改組時点から「材料科学に関する学理及びその応用の研究」と定義されている。また,英語名称は,「Institute for Materials Research」であり,日本語名称の内容を遥かに超え,金属に止まらず広く材料一般を研究する姿勢を表している。英語では,materialsというひとつの表現しかないが,日本語では,材料,物質,素材,という具合に,場合によって使い分けている。このことは,我が国が如何に材料立国であるかを如実に物語るものであり,本所の誇りとするところである。本所においても,新素材設計開発施設を設置し,有用材料の実際の活用法に関する研究にも重点を置いた体制を採っている。このように,本所の研究理念は,金属をはじめ,半導体,セラミックス,有機材料,複合材料などの広範な物質・材料・素材について,基礎と応用の両面から高度情報化社会及び高齢化に真に役立つ新たな材料を創出することによって,文明の発展と人類の幸福に貢献することである。もちろん,従来の効率的開発一辺倒の研究態度から,環境・エネルギー問題を十分に考慮した研究内容も目標とした体制作りに変更している。

 ここに述べられた理念は第4期,及びこれに続く21世紀前半に向けての適切な一般理念と評価される。しかし,評価委員会には,これで研究所の中核は定まるのだろうか,との疑問の声もある。その一つを紹介する。

 金研は日本有数の材料研究所として長年にわたり輝かい業績を学会,産業界に残してきた。現在もその力量は他を凌ぐものがある。しかし,テクノロジー,産業構造の急速な変化にともない,近い将来に大幅な研究重点の変革を余儀なくされると思われる。特に素材産業の省力化と第三世界への移動はこの分野での学生の就職先を奪う結果となっており,また情報産業,医療及び医療機器産業の急速な発展は材料科学に新しい種類の需要を作り出している。この様な基本的な環境の変化にいかに研究所が対処するかが研究所の将来を決めることになる。金研の指導部はこの変化を真剣に捉らえて急速な改革を考えているが,外部の印象ではいまだに過去の業績に安住して改革に消極的な勢力も強い様である。それが本当であれば極めて危険であると言わざるを得ない。どの様な団体,個人であれ,現在の成功は将来への対応をどうしても遅らせる傾向となる。

 この様な変化に対処するについて最も注意しなければならない点は,戦争の例で言えば,兵力を分散して小出しにすることと,敵に先手を許すことである。その反対に好ましい対応はよく練った戦略の下に先手をとって兵力を一点に集中することである。現在の金研は残念ながら前者の例に入るのではないかと危惧される。教授の席が空くたびに個別の選出委員会を作り,局所決定型の結論を重ねて広く種々の分野を網羅するという現状は戦略不在とも映る。

 最近までの金研の使命は日本で最高の材料研究所であることであった。しかし研究活動が世界化してきた現在その使命は世界で有数の材料研究所であることでなければならず,またその力は十分にある。そうした目的から見れば幅広い材料科学分野を全て網羅しようとすることは兵力を分散することになり,戦略的に極めて好ましくないのではなかろうか。日本だけが対象であれば一講座で日本一になることは可能で,事実多くの講座はそうである。しかし世界が相手の場合は,むしろ幾つかの限定された将来大きく発展する分野で世界一になることを目指してその分野に数講座を集中的に投入することが最も賢明な戦略ではないかと思われる。現在の4分野(図‐2 機構図,12頁)は単に材料科学の全分野を四分したに過ぎず,もっと的を絞った分野の指定が必要であろう。 現に20年前のアモルファス メタルの研究ではそれが大成功を収め,この分野から増本,鈴木,藤森,井上と4人もの所長を出し,金研の現在の成功の要になっている。それは図‐1(9頁)の論文引用度を見ても明らかである。こうした戦略を実施する為には5年程度の中期計画を繰り返してたたみかけ,戦略的集中的な研究の集約と大きな転進ができる体制を作らなければならない。

 一方では次のような見方もある。研究所には表に立って時代を引張る中核的研究集団がある中で,ひっそりと次の時代の芽を育てねばならぬ。そのためには研究者の幅をある程度広げ,自由に次の可能性を探らねばならない。その意味でMaterialsと幅を持たせた旗を立てることはよいだろう。ただし,その中核はやはりMetals でなければならぬ。研究所の略記号がIMRであり,MがMaterialsであるというのはたしかに焦点が定まらない恐れがある。これに日本名の金属材料研究所と足して二で割るあたりが一番よいのであろう。言葉遊びで失礼だが,MATERIALSの文字をバラして意味のある別単語を作ると先ずMETALS,がくる。こんな感覚が金研ではないか。金属の伝統と重みをふまえ,自由な発想と行動で化合物も半導体も,時には生体材料をも研究対象とする,そして他大学,研究所等とも協力する,しかし研究の中核は金属の基礎科学,すなわち金属の基礎研究部門と応用研究部門,及び材料プロセス研究部門である,このような近未来像が社会からも強く求められていると思われる。

 なお,金研の略号について,IMRもよいが,伝統的なKINKENも内外にもっと広めたらどうか。先例は理研にある。これを最近ではRIKENと意図的に使わせており,外国人の間にもかなり広がっている。KINKENは内外人に発音しやすい語であり,例えばKINKENという定期的な情報誌でも発行して社会になじませることは,特に独立行政法人化時代には大切な事であろう。そしてそれは平成13年度から東北大学に発足する予定の三研究所統合の新組織,多元物質科学研究所(仮称)との違いをはっきりさせる意味でも有益なことであろう。


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